夏の風物詩といえば、「甲子園大会」。などと、クーラーの効いた所で涼しい顔をしながら、軽々と口にはできぬ。夏の質というものが、過酷に変化した昨今である。 ボクシングで例えるなら、ジャブ無しのストレートの連打。おまけに、その攻撃は「予期せぬ」という枕言葉が、ついてまわる有様である。私が、学生の時分、夏の部活動は、過酷を極めていたが、昨今は死と隣り合わせといっても過言ではない。


 「練習中、水を飲んではいけない」。運動部において、おそらく、私の世代までついてまわった絶対的教訓であり、強制的ルールである。特に、野球部において、この傾向が強いのである。いや、こんな馬鹿げたことをやっていたのは、野球部をおいて他には無い、といっても過言ではない。


 野球部とは、真夏に、上着に長ズボンのユニホームを身に纏い、その上で、水を飲まずに毎日練習に励む部である。恐ろしいの一言である。Tシャツに短パンの他の運動部を、いつも羨望の眼差しで見ていたものである。そして、彼らが手にした水筒やら、タンクが輝きをもって、こちらの口の渇きのダメを押すのである。


  頭の中は、「コーラ、サイダー、オレンジジュース」。そばにある、水道の蛇口を見るにつけ、「あそこを捻ったら、コーラが存分に出てきやしないか」と妄想し、挙句の果てには、隣接のプールに目を向け、「オレンジジュースのプールに飛び込み、がぶ飲みしながら泳ぎたい」などと、愚かなる空想に耽る顛末である。これでは、練習中の集中力は、低下する一方である。


 「水を飲んではいけない」などとは、けしからぬと、世間が大騒ぎにならないものかと、当時、切に願ったものだが、「小まめに水分補給」が合言葉の時代が、ようやくやって来てくれた。来てくれたはいいが、あまりにも遅すぎた。無念の一言である。

 現在、同期、後輩を見渡せば、体は当時の面影全くなく、立派にご成長されている者多数。これが、「水を飲んではいけない」と脅され、枯渇していた集団なのか...。

 再び、当時の真夏の練習に思いを馳せる...。
 グラウンド場外に、ファールボールが飛んでいく。あるいは、「飛んでいった芝居を打つ」。それきたぞと言わんばかりに、球を追って場外へ。すると、其処ここへ、潜ませておいたペットボトルの水をがぶ飲み。


 時代は厳しく変化すれど、いつの時代も、人間とは、生き抜く術を、ちゃっかりと持っているものである。